■当院における頚椎捻挫の治療状況と治癒遷延例の検討


■はじめに
 交通事故の年次推移を昭和40年〜平成7年でみると、事故件数、負傷者数ともに最初のピークが昭和44〜45年にあり、その後急激な減少がみられた。しかし、55年以降からは再び増加がみられ、平成7年の事故件数は76万件、負傷者は92万人 となっていた。負傷者の増加傾向はその後も続き、平成13年には130万人となっ ている。また、受傷部位をみると、頚部が圧倒的に多く、45%、56万人である。
 このように、近年では交通事故の件数と負傷者数も増えており、治癒遷延に伴うトラブルを目にすることも多くなっている。そこで、当院における交通事故による頚椎捻 挫の治療状況を調査し、治癒遷延化の要因について検討を加えた。

・対象ならびに方法
1998年1月〜2002年12月の最近5年間に当院で治療した頚椎捻挫の症例は241例であり、これらの症例の概要を報告する。さらに、症例を治療期間が6ヵ月までのものと6ヵ月以上の遷延例に分け、治癒遷延に及ぼす因子について、性、年齢、職業、病型、入院の有無、胸郭出口症候群の合併 の角度から検討した。

・結果
(1)症例の概要
症例を性別にみると男性144例、女性97例であり、年齢は10〜84歳、平均年齢38歳であった。
土屋の分類による病型は、頚椎捻挫型221例、根症状型11例、バレー・リュー症状型9例であり、脊髄症状型はなかった(表1)。職業をみると会社員が70例(30%)と最も多く、次いでサービス業が45例 (18%)、学生が42例(18%)、主婦が27例(11%)、無職が22例(9%)、建設業が11例(5%)、飲食業が9例(4%)、その他15例(5%)であり運転手の3名はその他に含めた。胸郭出口症候群については、Timed Wright 試験、Roos 試験での誘発試験のいずれかが陽性であるものとした。これらの症例は95例(40%)にみられた。治療内容は、236例が外来のみで治癒した。入院が12例(男性5例、女性7例)で、入院率が5% 、入院期間が13〜111日、中央値が32日である。NSAIDS等の薬物療法 が81%、理学療法が82%、ブロック療法が17%に行われていた。いずれの例も最善の治療を心がけ、治療の短期終了を目指した。治療期間は、7日までが21%、1ヵ月までが50%、3ヵ月までが77%、6ヵ月までが91%であった。治療が6ヵ月以上必要とした9%(22例)を遷延例とした(図1)。転帰は、完治が210例(87%)、中止が14 例(6%)、症状固定が 17 例(7%)であった。
(2)治癒遷延要因の検討結果 1、治癒遷延と性の関連性についてみると、男女間に明らかな差はみられなかった(表2)。 2、治癒遷延と年齢の関連性についてみると、各世代群間で明らかな差はなかった(表3)。3、治癒遷延と職業の関連性についてみると、運転手の3名はすべて遷延例であった(表4)。4、治癒遷延と病型との関連性についてみると、頚椎捻挫型に比べて根症状型(P<0.01)とバレー・リュー症状型(P<0.05)で遷延例が明らかに多くなっていた(表5)。5、治療期間と入院の有無についてみると、入院例12例中5例が治癒遷延例であり、入院例で遷延例が明らかに多かった(P<0.01)(表6)。6、治癒遷延と胸郭出口症候群の合併についてみると、明らかな差は見られなかった
(表7)。さらに、これを病型別に分け、胸郭出口症候群の有無と治療期間との関連性を検討してみたが、頚椎捻挫型、根症状型、バレー・リュー症状型のいずれにおいても、関連性はみられなかった。7、遷延例におけるその他の要因をみると、骨折などの合併症、疾患の顕在化、患者の賠償医療への理解不足、加害者の不誠実さへの不満、初診医師への不信感、精神的加重、医療情報の不足、代替医療での施術、治療の継続へのこだわり、症状固定に対 する不安、職場復帰への不安などがみられた。胸郭出口症候群が見逃された症例34 歳、女性、病型は根症状型、生後4ヵ月の子供の子育て中の看護師であった。平成11年11月、車を運転し赤信号で停車中、3台の玉突き事故に巻き込まれ受傷した。受傷時の衝撃は大きく、車の損傷も大であった。通院治療を受けたが症状が軽快しないので、12年6月から2ヵ月間、ブロック療法を中心とした入院加療を受け、10月に 症状固定となった。13年1月、宮城県へ転勤のため当クリニックを受診した。来院時は頭痛、頚部痛、肩こり、両上肢の脱力、手指のしびれ、むくみ、チアノーゼを訴え、胸郭出口誘発試験が左右とも陽性であった。胸郭出口症候群として、薬物療法、胸郭出口拡大体操、コルセット、ブロック療法等を行ったが、症状の改善が得られなかった。損害保険会社とも相談の上、手術治療をすすめた。左右の第1肋骨切除術と右腕神経叢剥離術が行われ、症状の改善がえられた。13年11月に改めて症状固定とした(図2)。

・考察
頚椎捻挫の治癒率について竹内5)は、1ヵ月で40%、3ヶ月で71%、6ヵ月で90%と報告している。自験例での治癒率は、1ヵ月で50%、3ヶ月で77%、6ヵ月で91%であり諸家の報告とおおよそ一致していた。一方、川上ら3)は6ヵ月以上を治癒遷延例としており、我々も治療期間6ヵ月以上の症例を治癒遷延例として、遷延化の因子について検討した。治癒遷延に及ぼす因子について伊藤ら2)は、症状が重いほど遷延化する傾向を示したと述べているが、病型についての記載はない。自験例において病型別に検討したところ頚椎捻挫型に対して根症状型、バレー・リュー症状型ともに治癒が明らかに遷 延していた。受傷当初においてこれらの症状を伴う症例においては、経過観察に注意が必要である。(竹内5)は、入院という事態そのものが治りにくさに影響している。また、その他の要因として男性、職業として運転手、現場作業員、会社役員などをあげている。我々 の症例でも入院で遷延例が多くみられた。自験例でも運転手の全てが遷延例であった。
これらの状況におかれている患者の治療にあたっては、治癒のゴール設定に十分注意する必要がある。さらに、頚椎捻挫例における胸郭出口症候群の合併例の割合は23%〜76% 7、1、6)と報告されている。また、井手ら1)は胸郭出口症候群の合併が頚椎捻挫難治化 の要因であると述べている。自験例でも40%の症例で胸郭出口症候群の合併がみられたが、治癒遷延化にその合併の有無は関与していなかった。しかし、これは胸郭出口症候群と診断した症例には胸郭出口拡大体操、ブロック療法などを集中的に行ったために治癒が遷延しなかった可能性もある。

・まとめ
当院における5年間の交通事故による頚椎捻挫241症例を調査すると、6ヵ月以上の 治癒遷延例が9%と以外に高率にみられていた。また、その治癒遷延に及ぼす因子についてみると、入院加療、運転手といった職業、根症状型、バレー・リュー症状型といった病型が関与していた。このような症例では、治療開始時から十分な注意が必要と思われる。


参考文献
1)井手真理ほか:鞭打ち損傷の病態に関する臨床的研究、日整会誌1998;72:
S451
2)伊藤友一ほか:交通事故に伴う外傷性頚部症候群の中長期予後調査、整形外科、
2000:51(7).591-594
3)川上守ほか:交通外傷による外傷性頚部症候群のMRIを用いた前向き調査、整形
外科、2000:51(7).846-850
4)、「自動車保険データに見る交通事故の実態 2001年4月〜2002年3月」社団法人日本損害保険協会
5)竹内孝仁:外傷性頚部症候群の現状と問題点、MB Orthop. 1999.12(1):9-13
6)渡辺公三:頸椎捻挫における胸郭出口症候群の関与.中部整災誌.1999;42:929-930.
7)Woods WW.Thoracic outlet syndrome.WestJMed 1978;128:9−12.

===============================
佐々木整形外科麻酔科クリニック
佐々木信之
仙台整形外科病院
佐藤 哲朗、佐々木祐肇

===============================

HOME